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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)833号 判決

昭和五八年(ネ)第八三三号事件控訴人 同年(ネ)第八九三号事件被控訴人 第一審原告 小林商事有限会社

右代表者代表取締役 小林雪

右訴訟代理人弁護士 木下達郎

同 川野碩也

昭和五八年(ネ)第八三三号事件被控訴人 同年(ネ)第八九三号事件控訴人 第一審被告 株式会社富士工

右代表者代表取締役 日高勲

右訴訟代理人弁護士 畠山保雄

同 田島孝

同 堀内俊一

主文

一  第一審原告の控訴に基づき、原判決主文第一、二項を次の括弧内のとおり変更する。

「1 第一審被告は第一審原告に対し金五五七万四六三〇円及び内金三八四万四〇〇〇円に対する昭和五二年七月二一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2 第一審原告のその余の請求を棄却する。」

二  第一審被告の本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その二を第一審原告の、その余を第一審被告の各負担とする。

四  この判決の主文第一項括弧内1は仮に執行することができる。

事実

一  昭和五八年(ネ)第八三三号事件につき、第一審原告訴訟代理人は、「1 原判決を次のとおり変更する。2 第一審被告は、第一審原告に対し、金一三一六万六〇一〇円及び内金一一四三万五三八〇円に対する昭和五二年七月二一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。3 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、第一審被告訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

昭和五八年(ネ)第八九三号事件につき、第一審被告訴訟代理人は、「1 原判決中第一審被告敗訴部分を取消す。2 第一審原告の請求を棄却する。3 訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求め、第一審原告訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。

1  原判決二枚目裏七、八行目「ところで、原告は同年八月ころ、右請負契約を合意解除した。」を「第一審原告は、風俗営業等取締法の定める距離制限により右請負契約の目的としたビルにおいて個室付浴場業を営むことができないことが判明したので、昭和五二年八月ごろ、第一審被告に対し右請負契約の解除を申し入れ、第一審被告はこれを承諾した。」と改める。

2  同五枚目表末行「五、五〇万円」を「五五〇万円」と改める。

3  第一審原告の主張

(一)  第一審被告が本件に関して第一審原告に対し損害として請求しうる得べかりし利益の範囲は、既成工事に対応する範囲に限られるのであって、この点については判例、学説上異論を見ない。請負人は、一般的に、中途解約された後は従前の工事をする義務を免れ、他の新たな工事に従事することが可能となり、右新たな工事に従事することによって、従前の工事に従事した場合と同様の利益が見込まれるから、損益相殺の原則の適用により、従前の工事中の未完成部分については得べかりし利益を請求しえないものと解すべきである。仮に中途解約されたことによって従前の工事の未完成部分についての得べかりし利益を絶対的に喪失する場合があるとしても、かかる特段の事情は請負人の側において主張、立証すべきであるところ、本件においては、第一審被告により右特段の事情の主張、立証はなんらされていない。

(二)  原審は、第一審被告の損害として第一審被告主張の工事関係費用(下請業者への発注工事費及び現場諸経費)四四六万一五〇〇円を全額認めているが、第一審被告主張の右各費用についてはそれを出捐したことを認めるに足りる証拠に乏しく、特に水道工事、電気工事については全く施行していない。そのうえ、出捐の必要性についても多大の疑問が存する。しかも、第一審被告の出捐すべき工事費用等については、第一審原告と第一審被告との間の本件工事請負契約(甲第一号証)において逐一定められているのであるから、仮にそれ以上の額の出捐がなされたとしても、第一審原告に対し損害として請求することはできない。このことは本件工事請負契約の解釈上当然であるのみならず、第一審被告が、経費は契約における見積額を大幅に上回るとしながら利益は当初の目論見と全く同一であると主張するのは、明らかに論理上矛盾がある。

(三)  仲介手数料四〇〇万円は損害として認めらかるべきではない。

4  第一審被告の主張

(一)  請負契約が成立し請負人が工事に着手した後注文者の都合で右契約が解除されたときは、請負人は工事を完成した場合に得べかりし利益全額を損害として請求することができるものと解すべきである。民法六四一条の立法趣旨は、請負人に対しなんら損害を被らせない限り注文者に契約解除の自由を認め、もって注文者の爾後の負担を免れさせようというにあるから、一旦請負契約が締結された以上工事完成により得べかりし利益を期待する請負人の利益を損なうことは許されない。

(二)  第一審原告の主張(二)は争う。第一審被告において現に出捐した費用は損害として認められるべきである。

(三)  第一審被告による仲介手数料四〇〇万円の出捐は建築業界における社会的相当性のある支出であるから、本件工事費用として認められるべきである。

5  証拠《省略》

理由

一  第一審原告(注文者)は昭和五二年七月二一日第一審被告(請負人)との間で請負代金一億一〇〇〇万円とする金華山ビル建設工事請負契約を締結し、同日第一審被告に対しその前渡金として四二〇〇万円を支払ったこと、第一審原告は、風俗営業等取締法の定める距離制限により右請負契約の目的としたビルにおいて個室付浴場業を営むことができないことが判明したので、昭和五二年八月ごろ第一審被告に対し右請負契約の解除を申入れ、第一審被告はこれを承諾したことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右ビルの工事場所は宇都宮市江野町五番五号、工期は昭和五二年七月二一日から同年一二月二〇日までであったことが認められる。

二  ところで、民法六四一条は、注文者に対し、請負人が仕事を完成する前である限り、何時でもその理由いかんを問わず請負契約を解除することを認めた規定であるが、右規定が注文者に対しかかる自由を認めた趣旨は、注文者に対して不要な仕事の完成を強制することは酷であり、かつ、社会経済的見地から見ても不相当である反面、請負人に損害を賠償すれば請負人にとってもなんら不利益はないから中途解約を否定する必要がないことにある。そうだとすれば、請負人は、注文者の側の一方的事情により請負契約を工事中途で解除されるのであるから、これによる積極損害の賠償を請求しうることはもとより、工事完成により得べかりし利益をも損害として請求することができるものと解すべきである(但し、公平の見地上、請負人が中途解約により節約できた労力を他の仕事に転用しこれによって利益をあげたような場合には、請負人は右未完成部分の工事完成によって得べかりし利益から他の仕事によってあげた利益を控除した残額についてのみ損害賠償の請求をすることができるものと解すべきである。)。

なお、商法五八二条は、荷送人(注文者)等の損失補償の額を運送人(請負人)が「既ニ為シタル運送ノ割合ニ応スル運送賃、立替金及ヒ其処分ニ因リテ生シタル費用」に限定しているところ、右規定は運送の大量的、画一的であるという特質に基づき特に荷送人等の責任の軽減を図ったものと解される。

以上の解釈を前提として、第一審原告が第一審被告に対し賠償すべき金額につき判断する。

1  仲介手数料について

第一審被告は、本件請負契約が締結されたことに伴い、仲介手数料として、本件工事の紹介者野口宗彦に対し三〇〇万円、当初本件工事の設計施行を行うことになっていた池田建設株式会社に対し一〇〇万円以上合計四〇〇万円を支払った旨主張するが、《証拠省略》によれば、工事の注文者を紹介してくれた者がある場合、第一審被告からその者に対し仲介手数料名下に謝礼を支払うことがあるが、それは定着した慣行といえるほどのものではなく、かつ、第一審被告は本件仲介手数料四〇〇万円をいわゆる裏金として処理していることが認められ、右事実によれば、第一審被告が紹介者野口に支払ったと主張する三〇〇万円を本件請負契約の締結ないし本件契約解除と相当因果関係のある損害として第一審原告に対し請求することはできないものと解するのが相当である。また、第一審被告が当初本件工事の設計施行を行うことになっていた池田建設株式会社に支払ったと主張する仲介手数料一〇〇万円については、同会社が本件工事の仲介者である旨の立証がないうえ、右金員支払の必要性ないし合理性は本件全証拠によってもこれを認めることができないから、第一審被告は第一審原告に対し右一〇〇万円を損害として請求することはできないものというべきである。

2  工事関係費用について

(一)  第一審被告主張の工事関係費用四四六万一五〇〇円中仮設水道工事費用四〇万円については、《証拠省略》中第一審被告が右工事を三洋工業株式会社ないし同会社を通じて宇都宮市水道局公認の水道工事店に施行させその費用四〇万円を三洋工業株式会社に支払ったとの趣旨の部分は、《証拠省略》に照らしにわかに採用することができず、他に第一審被告が仮設水道工事費用四〇万円を三洋工業株式会社に支払った事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  第一審被告主張のその余の工事関係費用については、《証拠省略》によれば、第一審被告は、その主張のとおり下請業者へ工事を発注しその費用合計一三五万円を支払い、また、現場諸経費として合計二七一万一五〇〇円を支出したことが認められ(右事実のうち、第一審被告がボーリング及び特殊基礎工事を氷室産業有限会社に発注し、前者につき一五万円、後者につき一〇万円を各支払った事実は、当事者間に争いがない。)、《証拠省略》中右認定に反する部分はにわかに採用することができない。

ところで、成立に争いのない甲第一号証(契約書)によれば、右認定に係る既存土間解体工事費用五五万円、仮設電気工事費用二五万円、旅費交通費三七万四六〇〇円は、本件請負契約の契約書上は、それぞれ二〇万円、八万円、八万円と計上されていること、家賃三九万三〇〇〇円については、右契約書上はこれに見合う項目は特に設定、計上されていないことが認められる。

そこで、当事者間において作成された契約書に項目が設定、計上されていない場合及び項目が設定、計上されてはいるが実額よりも少ない金額しか計上されていない場合において実額を損害として請求できるかどうかは一つの問題であるが、前記認定事実、《証拠省略》を総合すれば、第一審被告は、本件工事の受注に際し第一審原告に対し請負金額を一億一三〇〇万円とする見積書を提出したが、第一審原告と協議のうえ、一億一〇〇〇万円で本件請負契約を締結したこと、但し、契約書上は、建築工事費六二一九万五五九三円、電気設備工事費八〇〇万円、給排水衛生冷暖房設備工事費二二九二万円、現場経費四四〇万円及び諸経費六〇〇万円の合計一億〇三五一万五五九三円から五一万五五九三円を値引した一億〇三〇〇万円をもって請負金額とする旨表示されており、右金額と正規の請負金額との差異が七〇〇万円存すること、第一審被告としては、見積書作成に際しては諸経費を正確に見積った元資料を基に請負金額(総額)を算出するが、その際も個々の経費の額については元資料を正確に反映させるわけではなく、かつ、受注が決定したのちに作成する工事請負契約書に記載する金額のうち正確なものは請負金額(総額)だけであって、個々の経費については利益率に変動を生じない範囲で適当に割り振った金額を記載する例であって、本件も右の例によったこと、第一審被告から下請業者への工事の発注は、例えば、仮設工事のみを発注すれば足りる段階においても本工事の一部を併せ発注して経費の節減を図るなど、当該工事を完成するまで施行することを前提として行うため、工事の中途段階において個別的に当該経費の額を見ると過大との印象を抱かせる場合があることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、前記認定にかかる既存土間解体工事費用五五万円、仮設電気工事費用二五万円、旅費交通費三七万四六〇〇円が甲第一号証(契約書)上の各該当項目の金額よりそれぞれ三五万円、一七万円、二九万四六〇〇円多く、家賃三九万九〇〇〇円については甲第一号証に記載されていないからといって右各金額全額を損害として第一審原告に対し請求することができないものと解するのは相当でなく、しかも、前掲甲第一号証によれば、契約書上既存土間解体工事、仮設電気工事を含む「仮設工事」という中項目については三七八万円が計上されていることが認められるところ、第一審被告が本訴において仮設工事分として主張するものから仮設水道工事費用を除いたものは、事務所内装工事費用三〇万円、既存土間解体工事費用五五万円、仮設電気工事費用二五万円に試験費(ボーリング)一五万円及び特殊基礎工事費用一〇万円を加えても一三五万円にすぎず、仮設工事費用三七八万円の範囲内にあることを考慮すれば、右一三五万円は全額第一審被告の損害として第一審原告に対し請求することができるものと解するのが相当である。また、前掲甲第一号証によれば、前記認定にかかる現場諸経費二七一万一五〇〇円も、契約書に計上されている同項目(旅費交通費八万円を含む。)四四〇万円の範囲内であることが認められるところ、右経費の性格上予定工期中の実働期間の割合をもってこれを減額するのは相当でないから、右二七一万一五〇〇円もまた第一審被告の損害として第一審原告に対し請求することができるものと解するのが相当である。

3  利益について

《証拠省略》によれば、第一審被告は、本件工事の完成により少なくとも本件請負金額一億一〇〇〇万円の五パーセントに当たる五五〇万円の利益を得ることができたはずであることが認められる。

第一審被告は本件契約解除により爾後本件工事にかかる労務の提供を節約できたことが明らかであるが、右節約できた労務を利用してなんらかの利益を得たとの事実又は故意に利益を得ることを避けたとの事実は本件全証拠によっても認められず、かえって、《証拠省略》によれば、第一審被告は本件工事完成により得べかりし利益に代わる利益をなんら得ていないことが認められる。

よって、第一審被告は第一審原告に対し右得べかりし利益五五〇万円について損害賠償の請求をすることができるというべきである。

4  損害賠償債権の合計額及びその弁済期

そうすると、第一審被告は第一審原告に対し、右2(二)の一三五万円と二七一万一五〇〇円、3の五五〇万円、以上の合計九五六万一五〇〇円の損害賠償債権を取得したもので、右債権の弁済期は昭和五二年八月ころであるというべきである。

三  第一審被告が第一審原告に対し本件工事の中止に伴う別途工事代金として五九万四五〇〇円の債権を取得した事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右債権の弁済期は昭和五二年八月ごろと認められる。

四  第一審被告が第一審原告に対し昭和五三年七月三一日前記四二〇〇万円の前払金の返済として二八〇〇万円を弁済したことは当事者間に争いがなく、第一審被告が第一審原告に対し昭和五六年一二月四日午前一〇時の本件原審第四回口頭弁論期日において第一審原告に対する前記九五六万一五〇〇円の損害賠償債権及び五九万四五〇〇円の別途工事代金債権と前記一四〇〇万円の前払金返還債務とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは記録上明らかであるから、前払金返還債務の残額は三八四万四〇〇〇円となる。

以上の次第で、第一審原告の第一審被告に対する本訴請求は、右三八四万四〇〇〇円と第一審原告が前払金四二〇〇万円を交付した昭和五二年七月二一日から第一審被告が右の内金二八〇〇万円を返済した昭和五三年七月三一日までの右二八〇〇万円に対する商事法定利率年六分の割合による利息一七三万〇六三〇円の合計五五七万四六三〇円及び内金三八四万四〇〇〇円に対する昭和五二年七月二一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による利息の支払を求める限度で正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。

五  よって、第一審原告の控訴に基づき原判決主文第一、二項を主文第一項括弧内のとおり変更し、第一審被告の本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 新海順次 石井宏治)

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